震災を機に独立起業。ジュエリー職人の生活苦を改善するため甲府宝飾プロジェクトに残りの人生を捧げたい。B.L.S. 代表取締役 渡辺堅氏 (山梨)

SHARE

FAVORITE

渡辺堅社長は、22年間山梨県でジュエリーメーカーを共同経営されていましたが、2011年の東日本大震災をきっかけに独立し、B.L.S.を設立。現在は甲府のジュエリー業界全体を盛り上げようとプロジェクトを走らせ、職人の育成に力を入れています。 60歳を超えてもなお、業界や職人のために情熱を傾け自らが第一に行動する理由とは。そして経営人生における塩(CEO)味ストーリーを伺いました。

思い通りにならない共同経営から独立、震災で決意

マリコロ編集長:共同経営から独立する形で2011年に会社を創業されたとのことですが、このあたり塩(CEO)味のニオイがします、、、

渡辺:そうですねーやはり設立当初はかなりきつかったですね。2011年に東日本大震災があり、その年の8月に設立したんですが、金銭面がとくに。
家族にも負担をかけて非常に辛かったですが、それでも夢や目標があったから気持ちは前を向いていました。会社の設立前に22年間共同経営をしていたときは揉め事が多く、専務という立場で、思い通りに動けないもどかしさを抱えていましたから。

お会いすると社交的な社長ですが、実は人見知りな一面も。夢のために努力され、熱心に語る瞳がジュエリーのようにまぶしいです!

マリコロ:そうでしたか、、しかしなぜ震災のタイミングで独立されたんですか?

渡辺:前の会社では専務として資金繰りをしていたんですが、バブル崩壊後から常にお金に追われて非常に苦しい状況でした。自転車操業で、何度もダメだと思いましたから。そしてあの震災が起こり壮絶な光景を見て「こういうことがまたいつ起こるかわからない」。そう思った時、「今、やり直そう」と決意したんです。周りからは10年遅かったといわれましたけど。僕にとってはそのタイミングだったんですよね。

マリコロ:以前の会社と事業内容としては同じになるのですか?

渡辺:以前の会社は完全にジュエリーメーカーとして下請けの仕事をしていて、工賃仕事での苦しみがあったんです。そのため、新たに設立した会社では自分たちのブランドを持つことが大前提でした。現在は、通信販売や展示会での直接販売など、BtoCのビジネス形態を取り入れています。

甲府宝飾プロジェクトを立ち上げ、職人を守りたい

マリコロ:山梨は宝飾産業が盛んでジュエリー全体の生産量も高いですが、あまり世の中に知られていない気がします。

渡辺:そうですね。日本一のジュエリーの生産地として生産量は、確か甲府が28、29%ほどを占めています。また、僕らみたいなジュエリーを生産する工場数でいうと37%なので、割合としてはかなり大きいですね。
それなのに山梨というと、ワインや桃というイメージはすぐ出てくるのに、ジュエリーは全く出てこない。それは自社ブランドを持っている会社があまりなく、発信が足りなかったからでしょうね。
けれど、甲府の職人は世界のジュエリーブランドと比べても何の遜色もない、世界と闘える技術を持っています。だからこそ、“今みんなで一つになって発信していこう”と銘打ったプロジェクトを立ち上げました。

マリコロ:「甲府宝飾プロジェクト」ですね。具体的にどういった内容になりますか?

渡辺:まずは甲府に仕事が集まるシステムを考えないといけません。そのためには甲府にある各社がそれぞれブランドを作るのではなく、甲府宝飾プロジェクトとして一つのブランドを作ることが必要だと考えています。
甲府のジュエリー職人やデザイナーを一つにまとめて、ここに全国からリフォームやオーダーメイドの依頼がくるブランドを作ろうと動いています。 現在、匠の技を持っている職人は50~70代が多く、このままでは5年後、10年後には間違いなく甲府ジュエリーのレベルが落ちてしまう。プロジェクトでブランドジュエリーを流通させ仕事を増やし、職人の生活を潤せるようになることが目標です。

残りの人生でジュエリー職人が活躍できる舞台を整える

社員の皆さんが指輪やネックレスを制作中。ショップでよく見かける繊細なジュエリーたちの制作現場、本当に貴重です。

マリコロ:職人の後進不足はジュエリーに限らず、たくさんの業界で課題となっていますよね。

渡辺:まさに職人が育たないんです。有田焼や南部鉄器などの世界も同じそうですね。結局、職人はみな自分たちが生きていくことで精一杯で、下に教える余裕がない状態なんです。
名工の技術を持っていても、その職人の生活環境を見ると、若い人たちは夢を見ることができない。ですから、名工としての暮らしが輝いて見えるような、そんな環境をつくりたいのです。

マリコロ:自社だけではなく、甲府の宝飾業界全体を盛り上げようと尽力されていらっしゃるんですね。ジュエリーへの強い気持ちが伝わってきます。

渡辺:僕が58歳の時にコロナが蔓延し、その時に進めていた自社ブランドをストップせざるを得なくなりました。
それがきっかけで、60歳を前に一体自分は何をするべきか改めて考えるようになったんです。そして決めたことが、90歳までの残りの30年は「何かを残すことに集中しよう」と。
そのためには、甲府の宝飾産業自体をもっと活気づかせることが必要です。特に僕はもともと職人で、作ることが大好きですから、60歳を超えて作りたいという気持ちがより高まってきているんです。
もし来世があるのなら絶対ジュエリー職人になりたいです。自分が生まれ変わった時のためにも、職人が活躍できる舞台を作っておきたいなと(笑)。

社員が躍進する秘訣は「社長自身が誰よりも動くこと」

元々職人出身の渡辺社長。作業場に座り道具を手に持つとイキイキとされて嬉しそうです。

マリコロ:渡辺社長の60歳を超えてもなおエネルギッシュな、その行動力や情熱をぜひ若い皆さんにも知ってほしいですね。

渡辺:若い人たちには発破を掛けてあげる必要があると思うんです。そして具体的に話すことが大切。僕は社員たちに将来の方向性を必ず伝えるようにしています。「何年後にこうしたいから、今動いているんだ」と。経営者が将来の道筋を示し、どれだけ行動しているか見せることが必要なのではないでしょうか。

マリコロ:たしかに、会社の向かっている方向が明確に見えると安心しますし、社員さんも行動しやすいですね。B.L.S.の離職率の低さも、そのあたりが関係していそうですね。

渡辺:うちの会社は結構自由で、社員には「何でもいいからやれ」っていっています。社員がブランドを作りたいっていったので、「いいじゃん、やってみ」って。色々挑戦することはとても大事なことだと思っているので。
それからコロナ以前は月に1回土曜日に希望者がカフェに集まって、みんなでデザインをあれこれ考えていました。やりたいことができるから社員もモチベーションが上がるし、一生懸命やるんですよね。そういう機会を経営者が作ってあげないと。
そして僕自身が誰よりも動く。「社長が全国飛び回っているんだから自分たちも頑張らなきゃ」って、みんなが思ってくれていればと。

「社長職」の楽しさはアイデアを次から次へと実現できる

マリコロ:社長って大変なことも多いでしょうけど、渡辺社長も共同経営で専務だったときとは違う、社長だからこそできるという景色を見られたのだなと話しを伺っていて感じました。渡辺社長にとって「社長」という仕事の魅力とはなんでしょうか?

渡辺:僕は職人になりたいくらいなので、社長が向いているとは全然思っていないのですが(笑)。向いていないと思いながらやってきて良かったと思うのは、やはり自分の思った通りのことができることです。自分のアイデアを次から次へと実現することができる。22年間共同経営していた時には全くできなかったことが、今は何のしがらみもなくできて、それが本当に楽しいですね。

マリコロ:その社長職の楽しさを若い世代にもどんどん経験してもらえたら、日本の未来は明るいですね。さらに次世代に送りたいメッセージはありますか?

渡辺:もっと情熱を持った若者が増えたらいいなと思っています。でも結局は自分の生き様を見せるしかないので、自分の子どもにも社員にもそのように接してきましたし、これからも次のリーダーたちのために、僕自身まだまだ動き回りたいと思います。