会社を潰していいのは創業者だけ。「矢場とん」の看板を継ぐ義務と、矢場町をみそかつの街にする夢。矢場とん 代表取締役社長 鈴木拓将氏 (愛知)

SHARE

FAVORITE

みそかつの専門店として有名な「矢場とん」は、1947年に創業して以来、名古屋名物として多くの人に愛され続けています。

2014年、鈴木拓将社長が3代目社長に就任すると店舗を次々と増やし、現在は30店にまで拡大。「スタッフが増えるということは子どもが増えるようなもの」と話す社長の目標は、74歳となる創業100周年の際、できるだけ多くの仲間と一緒に迎えること。
これまで家業にどのように向き合ってこられたのか、そして後継者としての展望を伺いました。

「みそかつ=矢場とん」にすると決め家業へ

マリコロ編集長:おじいさまが「矢場とん」を創業され、鈴木社長は幼少期から家業が身近な存在だったと思いますが、ホテルでアルバイトをされ、そのまま一度就職されたんですね。何がきっかけで家業に戻られたのですか。

鈴木:ホテルで働いている時、有名なうどん屋の社長さんがホテル住まいをしている時がありました。1泊10万円のスイートに宿泊されていたので1カ月で300万円かかっていたんです。その姿を見て「うどん屋さんってそんなに儲かるのか」と衝撃を受け、みそかつ屋も同じように繁盛させたいと多店舗展開を考えました。

その頃“みそかつ屋”というと、うちを含めて3店舗有名なところがあったのですが、他の2店舗はお店を閉めていたので、“みそかつ=矢場とん”にできるかもしれないと、行動に移すことにしました。

100周年を何人の仲間と向かえられるか、最大の挑戦

マリコロ:ご両親には、社長から家業に入る意思を伝えられたのですか。

鈴木:いえ、実は以前から母には「帰ってきてほしい」といわれていて。

当時、若いスタッフがルーズで、当日にならないと出勤するかどうかわからない状態で困っていましたから、まずはスタッフの士気を上げることからのスタートでした。

マリコロ:社長になられたタイミングはいつになりますか。

鈴木:1998年に入社して2014年に社長になりましたので、16年後ですね。

入社して数年は実家に住んでいたので、朝から晩まで親と一緒で喧嘩ばかりしていました。この状態はよくないと思い結婚のタイミングでもありましたので、新店舗を出し両親から離れ、それからも出店を続けて東京にも店舗を出しました。

すると東京にも両親が様子を見にくるようになりましたので、また名古屋に戻りました。笑

マリコロ:ご両親との関係性が目に見えるようです。店舗数の目標などはお持ちなのですか。

鈴木:もともと店舗数よりスタッフの数を重視しています。

私が74歳の時に会社が100周年を迎えるのですが、その時に何人の仲間と迎えられるか、その仲間の数に挑戦したいと考えています。

100周年の際「ここまで大きくした」という達成感がほしいのかもしれません。

「僕と仕事をしたい」と思ってくれる人がどれくらいいるのか、74歳の自分に挑戦するつもりでやっています。

成長するための時間・スピード・成果への考え方

マリコロ:スタッフやそのご家族に愛情を注がれているように感じます。驚いたのですが、奥さんを交えた面談の機会もつくっていらっしゃるんですよね。

鈴木:昔はやっていました。男性スタッフは奥さんにちゃんと説明ができないんですよ。

給料25万円のスタッフに子どもが3人いたら、30万円に上げたいと考えます。

週休2日を週休1日にしたら5万円稼げると知ると、「家にいてもしょうがないので働きます」となるのですが、そうすると奥さんから「休みが少ない」との声があがってしまう。

そこで奥さんも含めた三者面談を行い説明したところ、「休みなんて月1でいいので働かせてください」と家族が納得したうえでの要望を受けたことがありましたね。

マリコロ:ご家族への思いやりがスタッフとの良好な関係づくりに繋がっているのですね。
現在では働く時間を増やさずに成果をあげる思考が必要になっていますが、成果をあげるためにスタッフの皆さんにどのようなお話をされていますか。

鈴木:結果を出し給料を上げるためには、人の倍働くか、倍のスピードで働くか、倍の成果を出すしかないと思います。

仕事って経験を積んで覚えるものですが、今の若い人たちは仕事の中で学ぶ時間が少なくなっているので、成果を出すのが難しくなっていますから、そうなると、倍のスピードか仕事のやり方を工夫して倍の成果を出すしかないですよね。

甲子園を目指す野球部の子も同じです。今は朝練もできず週に1日休まないといけない状況なのに、甲子園を目指すという目標は昔と変わらない。

練習時間の短さをどう補うかといえば、集中力を上げて練習内容を濃くするしかないということです。

矢場町は“みそかつの街”という文化をつくりたい

マリコロ:“みそかつ=矢場とん”にしたいと目標を掲げ実際に達成されましたが、今後の展望についてはどのようにお考えですか。

鈴木:売上とか数字の明確な目標は決めないことにしています。達成できなかったときに落ち込んでしまいますから。笑

私が社長になった時スタッフに伝えたことは、「みんなが自慢できる会社にしていこう」ということです。矢場とんで働いているといったら「良いね」「すごいね」と羨ましがられるような会社にしたいです。

以前は「矢場とん」という名前を全国に広げていきたいと考えていましたが、コロナ禍を経験したことにより「矢場町(やばちょう)」の街を盛り上げたいという気持ちが強くなりました。

若い社員に独立してもらって、矢場町にいろんなみそかつ屋が増えたら面白そうだなと。

“みそかつを食べるなら矢場町に行こう”となるような文化を作りたいです。

マリコロ:最後になりますが、社長チップスとして全国の中小企業との交流を盛んに行うなか、後継者不足が課題との声が多くあがります。後継者の仕事の魅力ややりがいはどんなところにあると思われますか。

鈴木:あまり深く考えたことはないですが、ただ一ついえるのは、会社は創った人だけが潰していいと思うんです。

後継者はどんな形でもいいから次の人に繋ぐ義務があります。

売上や店舗数を守ることも大事ですが、祖父が、終戦後にリヤカーを引いてとんかつを売り始めたことからスタートした私たちですから、もう一度その頃に戻ってしまったとしても、最終的に「矢場とん」という看板と豚のマークを今後も守っていければそれでいいと思っています。

そのためにどうしていくべきかを考えることが、後継者のやりがいではないでしょうか。