夫の急逝により主婦から突然企業のトップに。社員への思いとコストカットで会社を守り、将来に向け後継社長任命へ。 エスワイフード 代表取締役 山本久美氏 (愛知)

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愛知を中心に居酒屋「世界の山ちゃん」を運営する株式会社エスワイフードは、2016年に創業者である山本重雄氏が急逝し、妻である山本久美氏が代表取締役に就任されました。
ご主人を亡くし大きな悲しみと不安の中、専業主婦から事業の承継を決断された山本代表。しかし就任1年目から前年を上回る利益を出されています。 突然企業のトップになる運命を背負われた山本代表のストーリーとは。

「世界の山ちゃん」を背負う覚悟、専業主婦から代表取締役に

「山ちゃん博物館」となっている葵店にお邪魔しました!思い出の品の数々にお店の歴史を感じます。

マリコロ編集長:山本代表は創業者であるご主人を亡くされ、突然「世界の山ちゃん」を背負うことになったと伺っています。

山本:はい。ある日、主人が大動脈解離という病気で突然亡くなったのですが、まだ59歳だったので、跡継ぎも何も決まっていない状態でした。会社の役員として私の名前はありましたが、専業主婦をしながら店内に貼る壁新聞『てばさ記』を月に1回発行するだけだったので、経営については一切わからず、誰に任せていいかも全くわからない状況だったんです。
M&Aという話も出たのですが、主人はお店のことや社員のことを自分の子どものように思っている人だったので、それを渡してしまうのは違うと思いましたし、取引先の方に「あなたしか社長をやれる人はいない」といわれたこともあり、次の社長が決まるまでの間は私がやろうと就任することを決めました。

マリコロ:並々ならぬ覚悟が必要だったと思うのですが、なぜそのような決断ができたのでしょうか?

山本:葬儀の後、体力的にも精神的にも参っていた時に社員から「今月のてばさ記はお休みしましょう」といわれたんですよね。普通だったら「そうさせてください」というと思うのですが、私は自然と「それはお客様への配慮ですか、私への配慮ですか?私への配慮だったらいりません」と答えてその号を書き上げました。
主人の今までの感謝の気持ちをお客様に伝えたいという気持ちが一番だったのですが、新聞を書くことによって自分自身が思っていた以上に、お客様やお店への思いが募っていたことを自覚しました。そして「私がやるしかない」と思ったんです。

苦悩した日々のお話を伺っていたところ、山本代表の目に涙が浮かびました

主婦目線をいかし、経費を抑えて利益アップ

マリコロ:いま目に涙を浮かべお話されている姿から、これまでの苦労の日々と思いの強さを感じます。私自身、いま夫と一緒に事業を行っているのですが、もし夫が突然いなくなったらと想像するだけで怖くなります。それを専業主婦であった山本代表が引き継いだということにリスペクトしかありません。

山本:何も知らないからやれたんだと思います。私は専業主婦になる前は教師として働いていて、会社に勤めた経験がなかったんです。
校長の仕事だったらなんとなくわかるのですが、経営者の仕事が何をするか全くわかっていませんでした。もし知っていたらやろうなんて思わなかったでしょうね。
会社のことも経営のことも一切わからなかったので、社員には「私のことはちょっと歳をとった新入社員が入ったつもりで一から教えてください」とお願いをしました。
「わからないことは何でも聞く」「とにかく全部参加する」「辛いことや嫌なことがあっても会社を休まない」ということを決めて、できることを一つ一つやっていきました。

マリコロ:ご主人が亡くなった後発覚した経営の問題点などはなかったのですか?

山本:それまではすべてが会長中心にまわっており、新しくやることは全部会長からの提案で、失敗しても会長が尻拭いをしているような状態でした。
でも、私に会長と同じことを求められても難しいので、まずは責任の所在をはっきりさせることが必要でしたね。お店の運営自体に大きな問題はなかったのですが、とにかく利益を残さなければならなかったので、経費を抑える「ケチケチ戦法」を実施しました(笑)。

創業者のご主人を囲んで山本代表と編集長。昭和56年創業時のお店が再現されています。

当時は全店で70店舗くらいだったのですが、水道光熱費について1店舗ごとに少し気を付けただけで、どれだけの利益が残せるかを具体的な数字で示したのです。
交際費や求人費など下げられるものは下げ、その結果、売上は前年とほぼ一緒だったのですが、前年よりも多くの利益を残すことができました。

社長を任命し、海外進出や商品開発を計画、新たな展開へ

マリコロ:まさに主婦をされていた山本代表ならではの戦法ですね。就任1年目から利益を残され、ご自身も社員のみなさんもホッとされたでしょうね。

山本:本当に会長のことが大好きな人の集まりだったので、会長なしで運営ができるか不安は大きかったと思います。でも、自分たちの努力で利益を生み出したという経験を持ち、それは大きな自信に繋がったと思いますね。
事業承継をしたばかりの頃は、経営に関する本などたくさん読んだのですが、読んでいるうちにこれは主人がやっていた事そのものだなと感じましたので、基本的なことは何も変える必要がありませんでした。

マリコロ:現在「世界の山ちゃん」は外販に力を入れたり、 海外にも進出されたりしていますが、今後の方向性はどのように考えられていますか?

山本:現在社長を任命し、2人体制で経営をしています。その社長がもともと海外の立ち上げを経験していて語学も堪能なため、海外志向はより強くなっていくと思います。
欧米などチキンを食べる習慣があるところには需要があると思うので、日本の人口減少を考えても、海外への進出をもっと進めていきたいと考えています。
世界の山ちゃんの幻の手羽先はコショウ辛さが特徴なのですが、このコショウ辛さをいかした商品開発にも力を入れていきたいですね。

オーナー家が生き残ることよりも社員の幸せが大切

マリコロ:なぜ山本代表がこのタイミングで社長を別の方に任されたのか、そのお考えも伺いたいです。

山本:私はもともと自分がやるべき仕事と考えていたのは、会長の急逝により社員やお取引先のみなさんがバラバラにならないようにすること。そして方向性を大きく間違えないことで、その仕事はもう全うできたのではないかと考えています。
会社を安定させることまでは私ができても、今後さらに会社を発展させたり、もっと新しいことに挑戦したりするための指導者は自分ではないと考え、若い社長にバトンを渡すことにしたんです。
私が何よりも一番大事にしたいことは、オーナー家が生き残ることよりも、社員が幸せになることなんです。
会社はもちろんオーナーのものでもありますが、同じくらいの権利を社員が持っていると思います。会社を成長させ彼らがより幸せになるために、今一番必要な人が社長になるべきだと。

マリコロ:まさに家族のような絆をもった会社ですね。これまでのお話からご主人との出会いに運命を感じてしまいますが、最後に山本代表が抱く夢、今後の展望についても伺えますか?

山本:家庭についてですが、子どもが生まれてから主人のためにしてあげられることが少なかったので、いまこのように会社を残せたことだけは、彼に対してできたことなんだろうなと思っています。
一方で、会社を引き継いでから子どもたちとの時間が思うようにとれてこなかったので、一緒に過ごす時間を増やしたいですね。
まだもうちょっと先の話にはなると思いますが、コロナが完全に落ち着き会社の方向性がきちんと定まったら子どもたちの近くに戻り、少し離れたところから会社を見ていけるようになるのが理想です。

家族にも社員の皆さんにも愛情を注ぐ山本代表。あたたかな包容力を感じました。