引越で年収1000万円企業が夢!
付随サービス会社を立ち上げてHD化し、高齢でも働ける業界を目指したい。
(株)Dエンタープライズ
代表取締役
進藤大五郎氏 (兵庫)

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父親が始めた引越業を親孝行として引き継ぐことから業界入りすることになった進藤大五郎社長。当初は引越業に積極的ではなかったものの、今では「進学や就職、結婚、離別など、人生の岐路に関われる価値ある仕事」として積極的に業界の魅力を発信されています。
さらに、「若者が憧れる業界にしたい」「業界の課題を解決していきたい」と、引越業界全体の活性化にも力を注いでいらっしゃいます。今回の対談では、そんな進藤社長の汗と涙の塩(CEO)味ストーリーと、事業を通して叶えたい夢に迫りました。

引越屋には反対、やりたかったのは飲食業

マリコロ編集長:はじめに、事業を始めた経緯を教えてください。

進藤社長:僕が大学生の時、父から「引越屋を一緒にやらないか」と誘われたのがはじまりです。父は銀行員でしたが、誰かに雇われる辛さを感じていました。僕はというと、授業そっちのけでジュエリーのネットワークビジネスにハマっていて、月100万円稼ぐこともありました。経営にも興味があったので父が起業することには賛成でしたが、飲食店をやりたかったので、正直引越業には反対でした。

マリコロ:それでも、お父様は引越を選ばれたのですね。

進藤:そうですね。まず父が2004年に個人事業主として開業しました。その半年後に父が体調を崩し人手が足りなくなってしまったので、僕が手伝うことになったというわけです。20歳の時ですね。ずっとやんちゃしてきてろくに親孝行していなかったこともあり、他に選択肢は浮かびませんでした。ちなみに「ダイちゃんの引越サービス」の“ダイちゃん”とは僕のことです。いずれ事業を引き受けてくれるだろうという期待から、父が社名に入れていたんです。

大手に対抗するためには“良い仕事”を続けるのみ

マリコロ:その後2007年に法人化されるのですね。

進藤:はい。当時、中小の引越会社は珍しく、サカイさんやアートさん、アリさんマークさんなどの大手ばかりでした。当然“ダイちゃんの引越しサービス”なんて誰も知らないわけです。個人事業主よりも信用が増すからということで、思い切って法人化に踏み切り、23歳で代表取締役に就任しました。サラリーマンをしたこともなければ、社会保険に入ったこともなかったので、法人税や消費税の払い方も知らなかったのですが、とりあえず動いたという感じでした。

マリコロ:大手が台頭する中、どのように受注件数を増やしていったのですか。

進藤:“お客様に喜んでいただく良い仕事”をひたすら続けたことです。大手は誰もが知っているからこそ料金が高い。でも実際に現場を担当するのは、社員一人以外はアルバイトというケースがほとんどです。うちはお客様に満足してもらえることに徹底的にこだわり、その結果リピートや紹介が徐々に増え、良い循環が生まれました。

マリコロ:業績が急上昇したタイミングはありましたか。

進藤:僕が現場から離れ、社長業に専念し始めた頃です。引越というビジネスを見直し、小規模だからこそできるサービスを追求。従業員のやる気を上げる働き方などあらゆる施策を考えました。それまでは年商1億が限界でしたが、32歳で2億、33歳で3億と、1年ごとに1億ずつ伸び始めて。それまで大手で働いていた人がどんどんうちに来てくれたことも業績拡大につながったと思います。

常に潰れると思っていた20代の頃

マリコロ:「経営者なんてやってられない!」と思ったことはありましたか。

進藤:20代の頃は経営が杜撰だったこともあり、キャッシュが回らないことも多々ありました。「もう潰れる」と思ったのも一度や二度ではありません。その度に手を差し伸べてくれる人がいて、議員さんの紹介で銀行から3千万円の融資が1週間で下りたことも。これまでなんとか潰れずに生き残ってきました。

マリコロ:困難な場面も多い中、継続する道を選んだのはどのような思いからでしょうか。

進藤:「辞めたら格好悪い」と思っていたことに尽きます。当時、自分は誰よりも働いていたし、業績が悪いのは単にやり方が悪いからだと考えていました。また僕は、25歳で結婚したのですが、妻は文句ひとつ言わず付いてきてくれたので、挫折したくないという気持ちが大きかったのもあります。

父が見守る中、世代交代へ

マリコロ:お父様はどのように経営に関わっていたのでしょうか。

進藤:主に経理を手伝ってもらっていました。父は元銀行マンなので得意分野です。また、僕が現場に出ている時は営業に出てもらうなど、二人三脚で会社を回していました。とにかく父を信頼していましたし、相談にも乗ってもらっていました。

マリコロ:親族経営では、意見の相違で衝突も多いと聞きます。大変だったことはありますか。

進藤:もともと父子の関係が良かったこともあり、言い合いはあまりありませんでした。そもそも子供の時から父に怒られた記憶がありません。僕のことを全て受け入れてくれ、優しく見守るという姿勢でした。

マリコロ:良好な親子関係だったのですね。進藤社長がお父様に反発するようなことはなかったのでしょうか。

進藤:僕が社長になるまでの3年間は反発していましたね。父は儲けることに積極的ではなく、従業員にも甘かった。そんなスタンスに納得できないこともありました。「こんな少ししか仕事を取らなかったら、誰にも給料払えない」「なんで遅刻する従業員を怒らへんの?」と、毎日のように口を出していましたね。

マリコロ:ご自身が代表になったことで、お父様の気持ちが分かったということはありますか。

進藤:多々ありますね。肩書きは代表取締役になったものの、わからないことだらけでしたから。年配の従業員からはとにかく反発されていましたので、できることはやろうと一番早く出社してみんなが快適に過ごせるように空調をセットしたり、食事の後片付けをしたり。毎日そんな感じでした。

マリコロ:社長の行動によって、会社は変わっていきましたか。

進藤:それが、結局変えられませんでしたね。僕のスタンスに共感できない従業員には辞めてもらい、そこから思いを同じくする自分の仲間を集めるようになりました。

カスタマイズ対応でリピーター獲得へ

マリコロ:さまざまな視点で「ダイちゃんの引越サービス」の価値を高められてきたと思いますが、他社にはない強みを教えてください。

進藤:お客様のお困り事をきちんと汲み取り、解決することです。

予算がない場合は大きい家具だけをうちが運んで、残りはお客様自身に運んでもらいます。当然うちが全部運んだ方が儲かりますが、お客様は費用を大幅に抑えることができる。気持ちに寄り添って、カスタマイズすることに大きな価値があると思っています。

マリコロ:カスタマイズして対応できるところが強みなのですね。

進藤:そうですね。お客様目線に立つことで、「またダイちゃんにお願いしたい」と思っていただけるのではないかと考えています。うちのような小さな会社が続けてこられたのは、リピーターや紹介のおかげですから。

引越の面白さを伝えるため、映画にも出演

マリコロ:今後の引越業界についてどのようにお考えですか。

進藤:IT化が進んだことで一括見積もりが主流になり、値段の叩き合いが顕著になりつつあります。当然給料も安くなり、引越業界で働きたいと志す人は減る一方です。このような業界全体の問題を解決すべく、全国の約100社の引越会社で「引越業界の未来を作る会」を結成しました。「引越業界で働きたい」という若者を増やすことを目標に、業界の価値向上を見据えたさまざまな活動を行なっています。

マリコロ:引越という仕事の魅力を伝えるために、どのような働きかけが必要だと思われますか。

進藤:とにかく「引越業界は面白い」と伝えていくことです。仕事を通じ、お客様に喜んでもらえる楽しさを周知することが大切だと考えています。メディアでの発信にも注力していて、今度映画に出るんですよ。

マリコロ:え!進藤社長、俳優になるのですか。

進藤:いえ、エキストラです。笑 シーンも5秒、10秒ぐらいかと。

うちで引越したお客様が、たまたまキャスティング会社の社長さんで。尼崎を舞台にした映画で、「引越し屋として出演してくれないか」とお話をいただいたんです。即決で「やります」とお返事しました。中条あやみさんや笑福亭鶴瓶さんなどが出演されるらしいです。引越業界には、こんな面白い可能性もあるということを発信していきたいですね。

引越で年収1000万円企業を目指す

マリコロ:最後に、事業を通して叶えたい夢を教えてください。

進藤:まずは従業員の年収を1000万円にすることです。仕事のやりがいも大事ですが、収入はそれ以上に重要な要素。結婚や子育てなど、人生の選択肢を増やすために必要となってくるのはやはりお金ですからね。
また、高齢になっても働ける組織作りを計画しています。そのために着目しているのが引越に付随するサービス会社の立ち上げです。例えば、電気工事会社やハウスクリーニング会社などをホールディング化し、従業員に出向してもらう。この仕組みを整備できれば、体力が衰え始めた高齢の従業員でも十分に働けるのではないでしょうか。さらに物販や買取といった事業も視野に入れています。いずれにしても従業員に多くを還元できる会社を目指していけると良いですね。