岐阜の建設業から「国連認定企業」誕生。女性活躍推進の一環として「カンガルー出勤」を国策へ提案。物心両面で豊かな社会を実現したい。
三承工業(株)
代表取締役
西岡徹人氏【後編】(岐阜)
壮絶な幼少期を経て土木業界へ入り、独立起業した西岡徹人社長。「かつてはひどいブラック企業でした」と赤裸々に語りながらも、SDGs5番「ジェンダー平等を実現しよう」をきっかけに華麗なる快進撃を見せ、現在日本でも有数のSDGs先進企業へと導きました。その鍵を握ったのは一人の女性社員と西岡社長の原体験。連載「SDGsは未来の味」【後編】では、ブラック企業がSDGsを推進するために行った改革と、自社だけに留まらず豊かな社会実現のため奔走する西岡社長の思いを深掘りしていきます。
風土改革失敗、窮地を救った一人のパート女性
マリコロ編集長: 連載SDGsは未来の味【前編】記事(https://shacho-chips.com/ceo_lemon/ceo_lemon-2109/)では、壮絶な幼少期と会社倒産の危機のお話を伺いましたが、2011年の大量退職を機に風土改革を行ったそうですね。
西岡社長:まず、社風考察セミナーで教えてもらったイエローハット創業者・鍵山氏が実践されていたという“素手でのトイレ掃除”と“ありがとう朝礼”を始めました。しかし、社員からは「社長が宗教に入ったぞ」と言われる始末。倒産寸前だと変な噂まで回り始めて困っていた矢先の2014年6月、脳梗塞になりました。それまで約3年かけた風土改革は失敗。そのとき唯一賛同してくれたパートの寺田さんに私の代わりに改革をお願いしたいと託したことが転機となり、新たにSDGsの5番「ジェンダー平等を実現しよう」に着手し始めました。
マリコロ:寺田さんは建設会社の社内では数少ない女性だったと思いますが、女性活躍推進に注目されたのは業界における女性の割合を増やすお考えからですか。
西岡:寺田さんは当時社内にいた女性2人のうちの1人です。業界に女性を増やしたいとは考えていませんでしたが、社風考察セミナーで講師の方から言われた「西岡さんは北風だから太陽をイメージして行動してください」というアドバイスがきっかけを作ります。学ぶうちにトランザクショナルアナリシス(交流分析)に触れ、その中のエゴグラム診断で私は父性の強いCPタイプと分類され、寺田さんはNPで母性が高いという結果に。
北風のような私とは逆に太陽のように温かく、私の言葉も上手く変換してくれる。この人がいなければ会社は変われないと考え、会社を良くするリーダーとして寺田さんを選びました。
「チーム夢子」が女性活躍推進で受賞多数
マリコロ:ご自身も組織も大きく変化し、2018年には外務省の「ジャパンSDGsアワード特別賞」に輝きました。女性のイメージが薄い土木業界ですが、女性活躍推進によって女性の仕事を生み出したのでしょうか。
西岡:そうです。ただし女性活躍推進を業務として任せたのでなく、就業時間内で自分たちの好きな会社を作り働きやすくしてほしいとお願いしたのです。個人では誰も意見を出さないので、皆で企画して合意形成する「チーム夢子」を結成。これは寺田さんを中心とした当社の女性スタッフと男性スタッフの奥様方、協力会社や顧客の奥様方などによる女性チームです。
彼女たちはノー残業デーや誕生日休暇、シャワールーム設置などを提案し改善を進めてくれました。さらに子を持つ女性が活躍できる環境づくりや働き方改革も推進しています。市内で一番を目指し始まったチームでしたが、のちに岐阜県、全国、さらには世界一を目指そうと意識をアップグレードしてくれた結果、2016年に「岐阜市男女共同参画優良事業者」、2017年に「岐阜県子育て支援エクセレント認定企業」、2018年に「ジャパンSDGsアワード特別賞」受賞、2019年に「国連認定企業」とステップアップできました。
マリコロ:女性の底力を感じますね。私も2児を育てながら働く母ですが、カンガルー出勤の推進も意義深いです。
西岡:はい。私も子どもを連れて出勤する「カンガルー出勤」プロジェクトが最も素晴らしいと考えており、当社が良くなった大きな要因でもあります。
キッズルームで抱っこしながら仕事する社員がいたり、子どもが社長室へきて遊んだりもします。はじめは仕事にならないと苦情も出ましたが徐々に改善され、子どものいない私もおむつ替えや粉ミルク作りに参加させてもらい面倒を見るようになり、子どものおかげで皆と親しくコミュニケーションがとれるようになりました。世間の意見とは裏腹に、子どもがいることで円滑に仕事ができ、より頑張ってくれる。子どもを抱える人が入社しやすく、優秀な人も採用しやすくなりました。この環境づくりに力を入れる背景には、働く場所がみつからなかった母を見てきた経験がありますので、誰よりも力を入れてきた自負があります。
SDGsを岐阜から推進することの意義
マリコロ:岐阜市は子どもが夢や希望を持てないワースト1になったと聞きました。
西岡:全国学力・学習状況調査によるものです。市の方々とその原因を調べたところ、親御さんの自己肯定感、自己効力感の低さが子どもたちにも伝染しているのではないかというデータが。この改善策を講じる段階で私に白羽の矢が当たり、考案したのが「SUNSHOW夢ハウス」です。
それまで建築は手がけていませんでしたが、親御さんに自信を持ってもらう狙いで780万円の住宅提供を始めました。土地の安い岐阜では780万円で建てれば、土地とセットでも2000万円以下で月の支払いは4〜5万円台。市内で4人家族が暮らす場合の家賃相場は8〜10万円程度ですから、3万円ダウンが可能です。この差額を有効活用し、貧困スパイラルから脱却してもらいたいと考えています。現在は県内のみの提供ですが、リリース直後から貧困家庭に留まらず外国籍の方や高齢の方などにも広く提供しており、SDGs10番の「人や国の不平等をなくそう」にも合致しています。最近はカーボンニュートラルにも力を入れ、新たに断熱性や設備の効率化を高めるZEH住宅(net Zero Energy House、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)である「ユメハウス→Z」もリリースしました。
マリコロ:取り組み開始から10年以上、社内にSDGsは浸透していますか。
西岡:皆に浸透してきていると感じます。社内風土を少しずつ変え、朝礼などで日々理念を伝えてきたことが形になっているのでしょう。力を入れている項目以外も覚えてもらうためにSDGs朝礼も行い、毎回無作為に出されるSDGsの番号をテーマに話し合ってもらっています。
SDGsを自分事化、地域企業の希望の光に
マリコロ:事業やサービスにSDGsが落とし込まれていることが、活動を継続するためには重要ですよね。SDGsに挑戦するコツは何でしょうか。
西岡:当社では自分事化してもらうためにまずSDGsを知ってもらい、この活動によって企業価値が上がることを理解できるよう取り組んでいます。そもそも国連が決めたことなので、自分には関係ないと感じる人も多いのでしょう。
SDGsには17のゴールと169のターゲットとともに232のインディケーター(=指標)があり、私たちはこれをグローバル・インディケーターと捉えています。これを日本政府が出している政策や白書と連携させますが、多くの人がクエスチョン状態ですので、自治体の政策に合わせてローカル・インディケーターに落とし込みます。世界、国、都道府県、市区町村と順にブレイクダウンさせるのです。続いてビジネス・インディケーターを作り、会社と国連の考えを合致させるよう串刺しにします。最後が最重要であるパーソナル・インディケーター。私の場合、貧困家庭や一人親家庭の方に対する住宅提供がSDGs1番の「貧困をなくそう」や5番の「ジェンダー平等を実現しよう」に繋がります。ここでようやく皆理解します。パーソナル・インディケーターもビジネス・インディケーターもない状態で世界の話をされても理解できないのは当然で、段階的に考えることが重要です。次は世界と自分の関わりをどう理解するかですが、なぜ気候変動が起きているかがわかりやすい。地球温暖化を食い止めるために自分にできる行動は何かといった身近なことから考えていくのです。
マリコロ:三承工業さんで実際に行っているSDGsの主な活動を教えてください。
西岡:SUNSHOW夢ハウスのほか、アウトドアと防災の要素を取り入れた平時活用・有事機能発揮する庭の提供もしています。
従来の庭づくりに雨水タンクや備蓄倉庫の機能をもたせ、普段はキャンプを楽しみながら、有事の際にも機能を発揮するブランドを作りました。これは11番の「住み続けられるまちづくりを」との連携だけでなく4番の「質の高い教育をみんなに」とも絡め、地元の岐阜市立柳津小学校の皆さんと防災を考えて80万円の予算からどんな庭が作れるか実践したものです。 一般社団法人SDGsマネジメントの代表理事などを務めているのも、厚生労働省や国土交通省の働き方改革に関わる検討委員会のメンバーになっているのも、元ブラック企業の経験からです。自らマイナスな過去を公言する人は珍しいと言われますが、皆の希望の光になれるのではないかと考えています。
カンガルー出勤プロジェクトを日本の政策へ
物心両面豊かな社会が夢
マリコロ:日本企業は先細りと言われますが、SDGs推進によって生まれ変わる可能性はありますでしょうか。
西岡:そこしか残されていないと思います。SDGsが共通言語になることで、グローバル企業にもなれるはず。実際、英語の話せない中行ったドイツのSDG Global Festival of Actionの講演でも、わずかな情報から注目してくれた海外の方々が私に話を聞きたいと長蛇の列を作りました。現在、中核にあるのはカーボンニュートラル。すでに気候変動対策企業トップ20などが取り沙汰され、そのレベルになれば大きく変わるのでしょう。
マリコロ:明るい未来のため、社会貢献活動に力を入れていらっしゃいますが、若い世代に伝えたいメッセージはありますか。
西岡:より良い日本を次世代へということです。戦争を乗り越えた祖父母世代や高度経済成長期を支えた親世代と比べ、私たちは何もできていません。だからこそ、私はSDGsにおける社会課題を解決しそれを伝えたい。価値や強みを生み出す手法がSDGsだったのです。草刈りしていた20歳の私に「将来、君の会社は国連認定企業になる」と言っても信じないでしょうね。全ては出会いのおかげです。
マリコロ:最後に、西岡社長が目指していらっしゃるのはどんな日本社会でしょうか。
西岡:端的にいえば、豊かな社会です。物心両面が豊かで与え合うことができたら良いですね。しんどい競争社会がなくなることを夢見ています。 三承工業として実現したいのは、カンガルー出勤を日本の政策に入れること。現在Change.orgで署名を集め、子ども家庭庁長官に提出しようと活動中です。一般社団法人Woman Empowerment Platformがこれを推進していますが、理事長を務めるのはチーム夢子のリーダーだった寺田さん。最初は時給800円のパート従業員だった彼女が団体を作り世に出したプロジェクトが政策に入ってくれることこそ、今一番の願いです。